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てのひらダイブ

2007年07月

移動間に合わず試合中止

午前11時35分出発予定の飛行機が整備不良で欠航。代替機で出発。予定より3時間以上遅れた。午後6時の試合開始に間に合わず、試合は中止になった。

羽田→福岡は2時間、空港からドームまで1時間、…。間に合うみたいだが。
そうだなぁ、到着してもすぐに試合はできないな。1時間やそこら待っててもらえばいいんじゃないのか。そういうわけにはいかないのか。1時間やそこらじゃ試合はできないのか。

あ~あ、おまけに連敗しちゃうし。

埼玉から移動日なしで福岡に行って、来週はまた埼玉で試合だ。間に合いませんと連敗するための福岡行きだった。
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坂、チャンスを掴め

2001年・夏の甲子園、第83回全国高校野球選手権大会に出場した茨城代表・常総学院のセカンドは、1年生の坂克彦が守っていた。背番号4。1年生でも、れっきとした正二塁手である。たいしたものである。というより、ちょっとあり得ないと思い、感心するよりいぶかしく思った記憶がある。1年生のレギュラーが珍しいかといえばそれほどでもないだろう。しかしこの年の常総学院は、春のセンバツ優勝校なのだ。坂選手は入学して数ヶ月のうちに、優勝メンバーを蹴落としてポジションを奪ったのだ。
1年生の二塁手といえば思い出すのは早稲田実の小沢章一選手だ。荒木大輔投手とともに甲子園フル出場を果たした幸運な球児。小柄で、プロ野球・巨人の土井正三か阪神・吉田義男を髣髴とさせる守備の名手だった。
坂克彦は、体格がちょっと違った。けして大柄ではないがチビッ子とも言えない。いかにもまだまだ高校1年生と思わせる華奢な感じはしたが、背丈はまだ伸びるような印象。2年も経てばスラッガーに?
2年後、2003年の夏の甲子園。坂はショートを守って3番バッター。常総学院は勝ち進み、ダルビッシュ2年生投手の東北を決勝で下して日本一の栄冠に輝いた。この大会を最後に勇退を表明していた茨城名物・木内幸男監督。最後の最後まで木内マジック炸裂はお見事だった。

高卒即プロ入りは近鉄バファローズ。しかし、あの身売り騒ぎで(正しくは‘合併’なのかもしれないが要するに近鉄が球団を手放したわけでしょう?)新設球団・東北楽天ゴールデンイーグルスへ。何と主力選手とさえみなされなかったんですねぇ。高卒ルーキーじゃ当然か。ホントに下手な商売だったな、あの‘身売り’は。
楽天初代監督の田尾安志は坂のバッティングに見るべきものがあると発言していたとも、逆に、打撃理論で衝突したとも言う。ともかく、翌年監督に就いた野村克也は投手を欲しがり、阪神・牧野塁投手との交換トレードに踏み切った。層の薄い楽天で牧野は登板機会に恵まれるだろうけれど、今岡、鳥谷のいる阪神内野陣に空きはセカンドの1か所だけ。藤本、関本その他大勢がチャンスをうかがっていて(そういえばこの状況を作り出したのは他ならぬノムさん。阪神監督在任中にこれでもかと小兵のバイプレーヤータイプを獲得した)これはどうにも坂には出番なさそうだが…。

昨季終了間際の消化試合でスタメンを経験。今年は春先のファームの試合で鎖骨骨折してつまずいたが順調に回復して6月24日、甲子園の交流戦、坂はスタメンで2番のチャンスを与えられた。結果は、日本ハム・グリン投手の前に4タコ。1週間後の7月1日、今度は横浜スタジアムで8番スタメン。3回表の第1打席、坂はツーナッシングと追い込まれたが、寺原の3球目、内角ストレートを振り抜いた。ライトスタンドへ飛び込むプロ入り初安打初ホームラン。続く第2打席でもツーベースを放った。
阪神は目下、チームがなかなか勝ち越せなくて状態が悪い。岡田監督もいろいろテコ入れしたくてしょうがないはずだ。チャンスを逃すなよ、坂。何も鳥谷を越えろとか要求されてるわけじゃないんだ、チョロいんじゃないか。

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