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てのひらダイブ

FC2トラックバックテーマ 第2187回「冬のマストアイテムといえば?」

かなりマジに欲しいけど、今まで装着したことも入手した覚えもない。
耳当て。もしくは耳当て付きの...キャップ?
ロシアの帽子みたいなのをかぶってる奴が知り合いにいて、毎年うらやましかった。
タオルやマフラーでほっかむりしてみても、
「マチコ~~~」とか受けるだけであったかくない。ないよりはマシだけど。
近年、とみにかわいいデザインの耳当てが出回っている様子。頼むから渋めのもよろしく。
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FC2トラックバックテーマ 第2185回「雨の日の過ごし方」


FC2トラックバックテーマ 第2185回「雨の日の過ごし方」

幻想と怪奇大作戦:港町・橙町:半透明に二度寝

阿部洋一が3年やそこらか、別冊少年マガジンに連載していた連作短編が、全2巻のコミックで出ている。
同誌に「将棋の渡辺くん」を連載している伊奈めぐみは「橙は、半透明に二度寝する」の連載終了を嘆いていた。
いいんだ。一応、打ち切りじゃないみたいだったし、完結して、本にもなったから。
これで阿部洋一は再び(3度目か4度目になるかも)ライフワークに取り組める。
どこかいい話ないのか。KADOKAWA以外で。

ジョジョはジャンプだっけ。集英社か。無理だろうな。
「イティハーサ」はどうやって完結したんだっけ。全7巻を短いとは言いにくいが、要した時間は並みたいていじゃなかったはず。

しかし講談社というのも難儀な連載を引き受けるものだ。「ちはやふる」のBELOVEには、まだ「生徒諸君」がまったり続いている。「ドカベン」みたいなものなのだろうか。BELOVE、マンガ喫茶どころかフツーの本屋さんでも置いてなかったりするのどうにかしてほしいが。

3つめ。風や空のことばかり。円と螺旋についての物語。あれはいわゆるコンセプトアルバムでしたねえ。

タイトルが決まってから書き始める人は少ないだろうと思う。
だいたいの内容が固まってきて、タイトルが決まって、それから細かいことを考えることはあると思う。
でも、タイトルなんて最後に変わったりもするだろう。
ヒカルの碁は、確か、最初は「九つの星」だったとか。連載スタート決定してから、編集部のほうで決めた。

書き上げてから、タイトルを付けてくださいと促されるケースが多いと思う。
適当にタイトル付けて書き始めると、そのうち、あるいは書き終わってから、このタイトルはちょっと違うな、と思うことが多い。
書いてるうちに、脱線したせいで、最初書こうとしたことが単なる話の枕くらいになってしまったり。そういうケースは、いいタイトルということになるかもしれないが。

絵画のタイトルには、合点のいかないことが多い。鳩の絵なのに「山荘の一夜」だの、砂浜の海水浴客を何人も描いておいて何やら哲学的形而上学的な命題だの。
音楽でもそうかもしれない。だいたい短調と長調で、雰囲気違うな、くらいのことは感じるが、それ以上のことは別に感じませんけど。
何も感じないと言ってしまっては恥ずかしすぎるな。エーデルワイスを聴けば、愛する気持ち、愛しさ、大切なもの、等々の思いは感じるかも。天国への階段を聴いていると気持ちは高ぶり、聴き終われば拍手したくなる。

いま、さねよしいさ子のことを数行書いている間に、川上弘美のことを思っていた。ナイーブな物言いは、似ていると思う。けれどせっかくの書く能力が、何やら妙な方向に傾いている感じで好きにはなれなかった。宇能鴻一郎みたいだった。しかし、この2、3年は目覚ましい。そろそろいい年だからな、やるべきことはやってもらわなければ。書いていいのかと思っただって。いまごろ何を言ってるんだ。それにしてもクウネルだったかに載った(最近ではありません)鼎談は最低だった。ホステスじゃないだろっつの。そうやってお茶くみして、笑い仮面みたいにしといて終わってから悔し涙流して地団駄踏むんだ。ということは覚醒しても同じ人だな。しかたがないな。読み直してみるか。

もうひとつ風や空のことばかりのラストを頭のなかで反芻しながら思った。これはBGMだな青山真治「EUREKA」のエンディングと、ジュリー・アンドリュースが歌って踊る「サウンド・オブ・ミュージック」オープニングの。後者は、なんだ「エーデルワイス」と同じ作曲家なんだ。

で、ね。タイトル。ときに内容と乖離したタイトルを見かける。文末に「じゃないですか」と付け加えたいのをかろうじてこらえた。
あれはあれで別にいいと思う。
タイトルなんて、登場人物の名前と同じで何だっていいんだ。次男なのに一郎と名付けて平気な親も実在するんだから。アリストテレスもびっくりだよ。
しかしそのタイトルがヘボいと、作品が不憫だ。
自分で書いた作品ならともかく、翻訳物の場合、罪は重い。
ピンクフロイドに「吹けよ、風 呼べよ、嵐」の邦題を付けたレコード会社は実にグレイトだと今でも思うが、創元(推理)文庫の訳題は、なぜ、まともなものにできないのか。きのうや今日の話じゃないから。化血研のインチキ製造法くらい昔からずっとそうだ。どう考えたって担当者はごっそり代替わりしている。ごく普通のまともな邦題を付けられない創元。構造的な問題なのだろう。つまり、厚木淳のDNAか。やっかいなことよのぉ。

アン・レッキーのデビュー長編を赤尾秀子が訳出した「叛逆航路」は、久々に楽しんで読めた。性別不詳の設定は、ぎりぎりセーフかな。辻村深月で名字とファーストネームとかのイカサマに何度もモテアソバレタからね、これくらいはどうってことない。「良家の娘」など、訳出には苦労したことだろう。アンシラリの一人称で、というより、今になってもわからない、とか書いてあるのだからすべては主人公が語る回想記だ。一人称でなかったら、もっとややこしいことになっていただろう。
宗教的なシーン、ひとり祈りを捧げるなどで何となく萩尾望都を思った。あれはもう還暦すぎたか。まだ描けるなら、アンシラリ3部作を絵にしてもらえないか。実写では相当な妥協が必要になるからコミックということもあるが、萩尾望都なら衣装を描き分けられるだろう。というより、このラドチ世界をきちんと描けそうな絵師をほかに
小畑健もいたが服飾関係はどうか。監修みたいなのを付けるか。

創元のアン・レッキーは間を置かず続編も今春予定と巻末の解説に書いてある。
ハヤカワのマデリン・アシュビーはまだか。

ここまで書いてきた何百字かの文章にタイトルを付けるとしたら何がいいだろう。

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